おいしい十割そばと、まずい十割そばは、なにが違うの? そば研究家/片山虎之介
- By: Tora-taka
- カテゴリー: そばの特集記事, 美味しいそばの基礎知識, おいしい十割そば

おいしい十割そばと、まずい十割そばは、何が違うのか
写真と文=片山虎之介
「十割(じゅうわり)そばは、おいしい!」という人もいれば、「十割そばなんて、まずい!」という人もいます。
同じ十割そばという名前なのに、なぜ、おいしい、まずいがあるのでしょうか。
それには、はっきりした理由があります。
十割そばの味を決定付ける要素をあげると、主要なものは3つあります。
ひとつは、もとの玄蕎麦、つまり材料は何を使っているのか。
ふたつめは、そば粉の製粉は、どのようにしたのか。
みっつめは、そば打ちは、もとの材料の味を引き出す打ち方をしているか。
これで、十割そばの味には、雲泥の差が生まれるのです。
十割そばとは何か
十割そばとは、そば粉だけで打ったそばのこと。つなぎに小麦粉や、そのほかの食材を少しでも混ぜたら、それは十割そばとは呼びません。
そばのつなぎとして使われる材料は、小麦粉が多いのですが、ほかに山芋を使ったり、卵、フノリ、オヤマボクチという野草の葉の繊維を使ったりと、昔からいろいろなものが、そばを長くつなげるために利用されてきました。
こういう「つなぎ」を入れないと、そばは、細く長く、つながらないと思っている方がいますが、そんなことは、ありません。
そばは、そば粉だけで打って、ちゃんと、細くも長くも、つながるものです。
本来、そばは、つなぎを使わずに打つ、「生粉打ち」で作られていました。
それが江戸時代、そば屋で営業するのに、夏の季節に劣化したそば粉でも、見栄えの良い長いそばができるようにとの目的で、小麦粉を混ぜるようになりました。
一旦、小麦粉を使うことを覚えると、「今まで生粉打ちのそばで苦労していた、あれは、なんだったのだろう」と、そば職人は、思うようになります。
小麦粉を入れると、そばは、生粉打ちに比べて、乱暴に扱っても、一応、そばに仕上げることができるのです。
忙しいそば屋にとっては、ありがたいことで、さっさと作って、長持ちするという、ある意味では理想的な麺ができたのです。
質の悪いそば粉を使っても、味の悪さを隠すこともできます。
ですから、当時の江戸のそば屋では、小麦粉を入れることが大流行しました。
もっと簡単に、もっと楽に麺を作りたいと、欲求はエスカレートして、そば粉2割に、小麦粉を8割混ぜるという、そばとは呼べない「そばのようなもの」が、江戸のそば屋では主流になったのです。
小麦粉を入れたそばと、十割そばは、どう違うのか
小麦粉を入れる量が多かったり、あるいは、小麦粉に含まれているタンパク質の割合が多いほど、そばの風味は損なわれ、食感も変貌します。
中力粉より、強力粉を混ぜたほうが、そばの風味は落ちます。
同時に食感も、小麦粉のグルテンの影響が大きく作用した麺になります。
わかりやすく言うと、ラーメンの食感に近づくのです。
小麦粉の力が強すぎる麺は、そばではなく、小麦粉の麺と呼んだほうが適切でしょう。
小麦粉を使うなら、そばの風味を、できるだけ殺さないようにコントロールする必要があります。
そういう意味では、小麦粉を入れて打つのは、十割そばを打つのより、難しいとさえ言えるのです。
しかし、そば粉に入れた小麦粉が、そばを打っていく過程で、どのように変化していくのかを理解しているそば職人は、ほんの一握りしかいないというのが現実です。

おいしい十割そばの必須条件
十割そばの魅力は、良質なそばが備えている本来の香り、味、食感を楽めるところにあります。
口に運べば、清々しい香りが漂い、軽く歯を当てれば、ほろりと切れたそばから、穀物の豊かな味が口中に広がる。
そして、張りのあるそばの角が舌を撫で、喉元をくすぐりながら滑り落ちていく。
あとには、そば独特の甘みと、香りの余韻が、長い時間、尾をひいて残る。
食べ終えて、店を出たあとにも、「なんておいしいそばなんだろう」と思わせる味わいが口中に残り、幸福感に包まれる。
これが、ほんとうにおいしい十割そばの味です。
こういうそばは、そばの扱いを熟知したそば職人でないと、打てません。
おいしい十割そばで、第一に重要なのが「香り」です。
口に入れたとき、噛んだとき、飲み込んだとき、なんともいえない良い香りが立ちのぼるのが、本当においしい十割そばです。
第二に重要なのが、味です。
味は、香りと同じように、麺から溢れ出してくるものだと思ってください。
そばが舌に触れたとき、軽く噛んでそばがほろりと切れたとき、麺の中から広がるのが、そばの味わいです。そばにしかない、独特の豊かな味わいが口中に広がります。
噛むとますます、その味は強くなります。もっとも、それだけの味が備わっている材料を使った場合の話ですが。
おいしいそばの、第三の魅力が「食感」です。
十割そばの食感は、二八そばとは違います。
「つるり、すべすべ」ではなく、「ざらざら、しっかり」が十割そばです。
そばにはグルテンがありませんから、のびの良いしなやかさよりも、かっちりと角が立つ食感が、本来のそばの特徴です。
十割そばの表面の肌には、ざらざら感があります。このざらざらは、そば粉の粒です。香りと味を備えたそば粉の粒が口の中に拡散することで、強く風味を感じさせるのです。
上手に打った十割そばには、噛んで気持ちの良いモチモチ感があります。
この噛み心地は、わずかに歯を押し返す反発力があったあと、あっけなく切れる「もろさ」の感覚です。
小麦粉で作られた麺とは大きく異なる、十割そばでなければ楽しめない魅力なのです。

まずい十割そばの、悲しい欠点
そばは、人が作るものですから、作った人の能力や、その時々のコンディションしだいで、おいしくないものも、できます。
しかし、ここで取り上げるのは、いつもは、おいしくできているのに、たまたま失敗してしまったというそばではなく、根本的に、おいしくない十割そばについて説明しようと思います。
それは、どういうそばかというと、まずは、十割なのに、香りがないそば。
これは、材料であるそば粉の選び方、作り方、管理のしかたに問題があるかもしれません。
打ち方が悪くても、こういうそばはできてしまいます。
「そばは、十割では、つながらないものなんだよ」と、主張する方は、「つながらない」のではなく、「つなげられない」のだと思います。
おいしくない十割そばの原因、二番目は、味の悪さです。
これもそば粉が悪いのが、大きな原因でしょう。
製粉の状態が良くないと、このようなそば粉ができてしまいます。
製粉する人のセンスの問題ともいえます。
また、そば粉の保管が、いい加減で、劣化したそば粉で打つと、味も悪くなります。つながりは、もっと悪くなります。
どういうそば粉を選ぶかで、そばは決まってしまいます。
その意味では、そば粉を選ぶ眼力は、そば打ちの技術の中では、最も重要な能力といえるのです。
三番目は食感の悪さですが、ガチガチに硬くて、パキパキ折れるそばが、まずい十割そばの代表例です。
こういうそばには、良い香りもありませんし、味も期待できません。
そばの扱い方、打ち方をちゃんと会得している人なら、十割そばでも、柔軟性を備え、優しいもちもち感があり、その噛み心地にうっとりするような、おいしいそばが打てるのです。
十割そばがまずくなる原因は、いろいろありますが、最もよく見られるのが、そばを打つ人が、そば粉の良さを殺してしまっている事例です。
材料の選び方、製粉の方法、材料の保管の仕方、そばの打ち方。これらのことを正しく理解し、理論にあった扱いをすれば、おいしい十割そばを打つのは、さほど難しいことではないのですが、それをしないでそば粉のせいにしている方が、結構、多いようです。
材料の特性を見極めて、どういう仕上がりにするかを決めるのは、そば職人の感性と技術です。
良いそば粉の扱い方を心得たそば職人の手にかかれば、難しい材料でも、おいしさという大輪の花を咲かせることができるのです。
そばとは、切れるもの
そばとは、本来、食べるとプッツリ切れるものなのです。切れるから、そば。切れないそばは、小麦粉の食感です。
細く長くつながって、噛まずに飲み込むというのは、二八そばの話です。香りや味よりも、つるっと飲み込む食感を、ことのほか大切にするそばが、二八そばです。
小麦粉を二割混ぜて、二八そばを打つ方法で打ったら、それは、そば粉だけで打った十割そばとは、別世界の食べ物になります。
良い、悪いとか、好き、嫌いとかではなく、別の食べ物になるのです。
「そばに小麦粉を入れると、何が起こるのか」、このテーマで、『日本蕎麦保存会jp』に記事を書いていますので、そちらもご覧ください。

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そば粉のおいしさを引き出す打ち方
おいしい十割そばを作るうえで極めて重要なのが、そばの打ち方です。良質のそば粉を使った場合、その味を引き出すのも殺すのも、打ち方しだいです。
麺棒で、上からギュウギュウ押し付ける打ち方をすると、そばの生地は圧迫されてつぶれてしまい、香りも味も、中に閉じ込められてしまいます。
香りも味もないそばになってしまうのです。
この打ち方をする人は、とても多いので、「十割そばは、まずい」などという間違った意見が生まれるのです。
それは単に、打ち方が間違っているだけなのです。
本当においしい十割そばを食べられる蕎麦屋は、どこにある
まずは理論を理解したうえで、実際に、「本当においしい十割そば」を食べてみてください。
どこに「本当においしい十割そば」があるのか。
これも、問題です。
名店と呼ばれる店でも、そば粉の持ち味を殺してしまっている店が、どれほど多いことでしょう。
グルメサイトの評価では、「本当においしい十割そば」を見つけ出すことはできません。
このページに掲載している写真は、おすすめの店です。ぜひ、訪ねてください。
私がここに書いた、本当においしい十割そばは、その店にあります。
最高の味を知りたいなら、訪ねる時期も重要です。
そば粉が、最も生き生きしているときに行かなければ、最高のそばは、食べられません。
決して、一年中、同じではありません。
そばは、タイミングの食べ物なのです。
