おいしい十割そばと、まずい十割そば、なにが違うの? そば研究家/片山虎之介

写真と文=片山虎之介

 

「十割(じゅうわり)そばは、おいしい!」という人もいれば、「十割そばなんて、まずい!」という人もいます。同じ十割そばという名前なのに、なぜ、おいしい、まずいがあるのでしょうか。それには、はっきりした理由があるのです。

 

十割そばとは、そば粉だけで打ったそばのこと。つなぎに小麦粉や、そのほかの食材を少しでも混ぜたら、それは十割そばとは呼びません。

そばのつなぎとして使われる材料は、小麦粉が多いのですが、ほかに山芋を使ったり、卵、フノリ、オヤマボクチという野草の葉の繊維を使ったりと、昔からいろいろなものが、そばを長くつなげるために利用されてきました。

 

このような、つなぎを入れなくても、そばは細く長く、つなげることができます。そのために大切なことは、まず、そば粉が良質のものであること。そして、どのように製粉されたかということと、そばの打ち方が適切かどうかということです。

十割そばを打つには、それに適した打ち方があるのです。それを知らないで、生地に無理のかかる打ち方をしていたら、なかなかうまくいきません。

短くボロボロ切れたり、針金を曲げたみたいにガチガチ、ギスキズした十割そばは、そうなる原因が、どこかにあるのです。

きちんと管理した材料、技術で作れば、つながりにはまったく問題がなく、食感も良い、おいしい十割そばができるはずです。

 

信州随一の、おいしい十割そばを供する『蕎麦旬菜こすげ』(長野市)の「こすげの極み蕎麦」。写真をクリックするとホームページにリンクします

【おいしい十割そばとは、どういうそばか】

 

十割そばの魅力は、どこにあるのでしょう。

まずは、香りです。

十割そばは、そば粉100%で作るので、そばの香りが強く出ます。これは、二八そばには、真似のできない魅力です。

そばという食べ物の、真の魅力は、香りです。ほかにも味や食感など、重要な魅力の要素はあるのですが、十割そばなら、一番にあげたいのは、香りです。

 

良いそば粉なら、香りが楽しめます。

質の悪いそば粉では、香りは引き出せません。

つながるかどうかという以前に、まず、香りがあるかないかが、十割そばの良し悪しを判断する重要な基準になります。

香りがしっかりあれば、長くつながっていなくても、良いとさえ言えるのです。

 

細く長くつながって、噛まずに飲み込むというのは、二八そばの話です。香りや味よりも、つるっと飲み込む食感を、ことのほか大切にするそばが、二八そばです。

小麦粉を二割混ぜて、二八そばを打つ方法で打ったら、それは、そば粉だけで打った十割そばとは、別世界の食べ物になります。

良い、悪いとか、好き、嫌いとかではなく、別の食べ物になるというのが、現実なのです。

 

津軽そばの名店、弘前の『野の庵』が香り高い極上の十割そばの提供を始めた。東北屈指の、おいしい十割そばは、令和に生まれた新しい津軽そばといえる。写真をクリックするとホームページにリンク

 

【十割そばの魅力は第一に「香り」、第二に「味」】

 

まず第一に「香り」が十割そばの魅力です。次の魅力が「味です」。

そばとは、本来、食べるとプッツリ、切れるものなのです。切れるから、そば。切れないそばは、小麦粉の食感です。

細く長くつながっていて、歯で噛んで引っ張っても、ぴんと伸びて、簡単には切れないそばがありますが、まさに小麦粉の麺になってしまっているのです。そうめんの食感に、良く似ていますよね。

 

そばには、小麦粉のようなグルテンはありませんから、つながる力は、少し弱いのです。口に運び、歯を当てると、フッツリ切れます。これが、そばの特徴なのです。その切れ目から、そば粉の小さな粒が口中に散らばり、強い香りや、濃厚な味を感じるのです。

このプロセスがなかったら、味、香りは、極めて弱いものになってしまいます。つるりと飲むそばは、切り口からそば粉が拡散することが、ないそばなのです。だから風味は、十割そばに比べて弱いのです。

 

おいしいそばの、第三の魅力が「食感」です。

小麦粉の麺のように、のびの良いしなやかさは弱いのが、本来のそばの特徴です。グルテンがないのですから。

そのかわり、麺の表面の肌に、ざらざら感があります。このざらざらは、そば粉の粒です。麺の表面からも、そば粉は口の中に拡散して、風味を感じさせます。

十割そばを上手に打つと、噛んで気持ちの良いモチモチ感が備わります。この噛み心地は、ちょっと歯を押し返す反発力があったあと、あっけなく切れる「もろさ」の感覚です。ここが、十割そばの三番目の魅力です。小麦粉で作られたうどんとは大きく異なる、そばでなければ楽しめない、おいしさの感覚なのです。

福井の名店『そば蔵谷川』の香り高いそばは、福井在来の良さが引き出されている。太打ちの食感が楽しめる、おいしい十割そば。

 

【おいしくない十割そばは、何がいけないのか】

 

さて、十割そばの評判を落としているのが、この「おいしくない十割そば」です。そばは、人が作るものですから、作った人の能力や、その時々のコンディションの良し悪しで、おいしくないものも、当然できます。

でも、ここで取り上げるのは、いつもは、おいしくできているのに、たまたま失敗してしまったというそばではなく、根本的に、おいしくない十割そばについて説明しようと思います。

 

それは、どういうそばかというと、まずは、十割なのに、香りがないそば。

これは、材料であるそば粉の選び方、作り方、管理のしかたに問題があるかもしれません。

それから、打ち方が悪くても、こういうそばはできてしまいます。

「そばは、十割では、つながらないものなんだよ」と、主張する方は、「つながらない」のではなく、「つなげられない」のだと思います。

そば粉だけで問題なくつながるし、とてもおいしいそばが、できるのです。

 

おいしくない十割そばの原因、二番目は、味の悪さです。

これもそば粉が悪いのが、大きな原因でしょう。

製粉の状態が良くないと、このようなそば粉ができてしまいます。

製粉する人のセンスの問題ともいえます。

また、そば粉の保管が、いい加減で、劣化したそば粉で打つと、味も悪くなります。つながりは、もっと悪くなります。

どういうそば粉を選ぶかで、そばは決まってしまいます。

その意味では、そば粉を選ぶ力というのは、そば打ちの技術の中では、最も重要な能力といえるかもしれません。

 

三番目は食感の悪さですが、ガチガチに硬くて、パキパキ折れるそばが、まずい十割そばの代表例です。

こういうそばには、良い香りもありませんし、味も期待できません。

そばの扱い方、打ち方をちゃんと会得している人なら、十割そばでも、柔軟性を備え、優しいもちもち感があり、その噛み心地にうっとりしてしまうような、おいしいそばを打てるはずなのです。

福井の『けんぞうそば』は、県外からの客が行列を作る、おいしい十割そばの人気店。

 

「十割そばなんて、まずい」という方は、果たして、おいしい十割そばを、召し上がったことがあるのでしょうか。すべての十割そばが「まずい」という、同じ味であるはずがありません。

ぜひ、「あの店の十割そばは、おいしいよ」という評判のそば屋さんを、何軒かたずねて、どんなふうにおいしいのかを体験してください。

十割そばのおいしさを知らないなんて、そばの味を知らないのと、同じことなのですから。

 

写真をクリックすると「そばの学校」にリンクします

 

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